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南総里見八犬伝(文語版)

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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Thu 08.28.2008 7:34 pm

Suemoto's speech continues:
抑(そも/\)わが祖(そ)は一族(いちぞく)たる、新田(につた)義貞(よしさだ)朝臣(あそん)に従(したが)ひて、元弘(げんこう)建武(けんむ)に戦功(せんこう)あり。

Modernized:
そもそもわが祖(そ)は一族(いちぞく)であって、新田(にった)義貞(よしさだ)朝臣(あそん)に従(したが)って、元弘(げんこう)建武(けんむ)に戦功(せんこう)があった。

Translation:
To begin with, our ancestors were a clan(?) which served the Ason Nitta Yoshisada, and were distinguished warriors in the Genkou and Kenmu eras.

I'm not sure how to interpret 一族 - is this speaking only of the ancestors of the Satomi, or is it saying that the Satomi ancestors and Ashikaga Mochiuji's ancestors were relatives?
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby inuinu » Thu 08.28.2008 8:12 pm

I see. So the last bit should be more like, "If the father should die for his principals, and the son should flee for the father's sake and preserve his life, would there be anything to be ashamed of?"


Yes. it seems became more appropriate. (to me at least)

英語、古文、両方とも読解が未熟なので、正確なことは言えませんが
読み返してみて、少し補足訂正できそうな部分を挙げてみます。

If your thoughts are limited to today, it seems logical,


この英文を読んだ場合、英語ネイティブの人はどう解釈するのでしょうか?
以下のようなニュアンスが含まれているのなら近いと言えるでしょうが、
私の英語力ではそこまでわかりません。

けふを限りと思うこと → 「今日が自分の命の最後の日だ」と考えて討ち死にを選ぶ事は

理りあるに似たれども → 「武士道の精神に沿った、きちんと理由のある選択のように見えるが」

[義実(よしざね)は聞(き)きあえず、鞍坪(くらつぼ)に頭(こうべ)を下(さ)げ、


馬から降りなければ、鞍坪に頭を下げることは不可能だという意見もありますが、
他の解釈の可能性があります。
「に」→「にて」「において」「で」という解釈です。つまり
「鞍坪の上で、うつむいた」
となります。私はこちらの可能性のほうが高いと思います。なぜなら後の文に
「義実は道理に責められて、思わず馬の鬣に涙を落とした」というような場面があるからです。
馬上にいなければ鬣に涙を落とすことは難しいですよね。

とくとく落ちよ

疾く疾く落ち延びろ→早くこの場から離れなさい→早く逃げなさい

義実、わしはおまえに頭をそって出家せよ、といっているのではない

この補足文がなければ原文の解釈を迷うところでしたが、
この解釈も含めて原文を考えると、納得できる解釈は可能です。
ちなみにその解釈をするとしたら、「せめ」は現代語にはないニュアンスのほうの「しよう」だと考えます。
「怪我をした足では、山登りも難儀しよう」のような使い方の。
つまり「するだろう」(推測)という感じですね。たぶん。

出家(しゅっけ)沙門(しゃもん)になれといわば、親(おや)の教(おし)えに悖(もと)りもせめ。
『時節を俟て家を興せ』といふを推辞は不孝也。
[/quote]

このように区切るとわかりやすいでしょうか。
つまり後の文とセットにして意味が通るのです。

[quote]もし私が武士であるお前に対して、"出家をして武士の道を捨ててまで生き延びろ"というような、武士にとって耐え難い指示をしたのなら、たとえそれが親の言うことでも、お前はその頼み(指示/教え)を断るだろう。その気持ちはわかる。だが「生き延びてもう一度武士としてやりなおせ」という、武士にとってまだ許容範囲であるはずの折衷案を頑固に断るのは、それを頼む親に対して悪いとは思わないか?たのむから譲歩してくれよquote]

意訳すると、このような流れです。
このような心理が裏にあるなら「~せめ」と「時節を~」の行間に、意味が成立しますね。

他にも怪しそうな英訳がある気もしますが、
なにしろ私の英語や古文の読解力が不足しているので、なんとも言えません。
直訳風ではなく、意訳の英文もあると助かるんですが。
まぁどちらにしてもGarappachiさんのほうが英語にも古文にも堪能なようなので、
私よりGarappachiさんの意見を参考にしてください。
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Thu 08.28.2008 9:02 pm

inuinu wrote:
If your thoughts are limited to today, it seems logical,


この英文を読んだ場合、英語ネイティブの人はどう解釈するのでしょうか?
以下のようなニュアンスが含まれているのなら近いと言えるでしょうが、
私の英語力ではそこまでわかりません。

けふを限りと思うこと → 「今日が自分の命の最後の日だ」と考えて討ち死にを選ぶ事は

理りあるに似たれども → 「武士道の精神に沿った、きちんと理由のある選択のように見えるが」


I see. Perhaps "Thinking of today as your last seems to follow the rules, but..." is better, then.

[義実(よしざね)は聞(き)きあえず、鞍坪(くらつぼ)に頭(こうべ)を下(さ)げ、


馬から降りなければ、鞍坪に頭を下げることは不可能だという意見もありますが、
他の解釈の可能性があります。
「に」→「にて」「において」「で」という解釈です。つまり
「鞍坪の上で、うつむいた」
となります。私はこちらの可能性のほうが高いと思います。なぜなら後の文に
「義実は道理に責められて、思わず馬の鬣に涙を落とした」というような場面があるからです。
馬上にいなければ鬣に涙を落とすことは難しいですよね。

It was Becky who thought he would have to be dismounted to do this. I was taking it as 鞍坪のほうに頭を下げた rather than 鞍坪まで頭を下げた and I think my original translation ("hung his head over his pommel") reflects this.

とくとく落ちよ

疾く疾く落ち延びろ→早くこの場から離れなさい→早く逃げなさい

I see. I'm afraid my vocabulary isn't sufficient to intuit that とくとく was 疾く疾く or that 落ちよ implied 落ち延びろ. "Quickly flee."

義実、わしはおまえに頭をそって出家せよ、といっているのではない

この補足文がなければ原文の解釈を迷うところでしたが、
この解釈も含めて原文を考えると、納得できる解釈は可能です。
ちなみにその解釈をするとしたら、「せめ」は現代語にはないニュアンスのほうの「しよう」だと考えます。
「怪我をした足では、山登りも難儀しよう」のような使い方の。
つまり「するだろう」(推測)という感じですね。たぶん。

出家(しゅっけ)沙門(しゃもん)になれといわば、親(おや)の教(おし)えに悖(もと)りもせめ。
『時節を俟て家を興せ』といふを推辞は不孝也。


このように区切るとわかりやすいでしょうか。
つまり後の文とセットにして意味が通るのです。

もし私が武士であるお前に対して、"出家をして武士の道を捨ててまで生き延びろ"というような、武士にとって耐え難い指示をしたのなら、たとえそれが親の言うことでも、お前はその頼み(指示/教え)を断るだろう。その気持ちはわかる。だが「生き延びてもう一度武士としてやりなおせ」という、武士にとってまだ許容範囲であるはずの折衷案を頑固に断るのは、それを頼む親に対して悪いとは思わないか?たのむから譲歩してくれよ


意訳すると、このような流れです。
このような心理が裏にあるなら「~せめ」と「時節を~」の行間に、意味が成立しますね。

So "If I were to tell you to shave your head, don black and become a wandering priest, you would probably rebel against what your father tells you, but refusing to 'bide your time and restore the house' is filial impiety" would be better.

他にも怪しそうな英訳がある気もしますが、
なにしろ私の英語や古文の読解力が不足しているので、なんとも言えません。
直訳風ではなく、意訳の英文もあると助かるんですが。
まぁどちらにしてもGarappachiさんのほうが英語にも古文にも堪能なようなので、
私よりGarappachiさんの意見を参考にしてください。


私も英訳は変だと気がしますが、文語は苦手すぎるから、仕方がありません。

Suemoto's speech continues:
しかりしより新田(につた)の餘類(よるい)、南朝(なんちやう)の忠臣(ちうしん)たれども、明徳(めいとく)三年(ねん)の冬(ふゆ)のはじめに、南帝(なんてい)入洛(じゆらく)まし/\て、憑(たの)む樹下(このもと)雨漏(あめも)りしより、こゝろならずも鎌倉(かまくら)なる、足利家(あしかゞけ)の招(まねき)きに隨(したが)ひ給ひし、亡父(ぼうふ)は〔里見(さとみ)大炊(おほゐの)介(すけ)元義(もとよし)〕満兼(みつかね)主(ぬし)〔持氏(もちうぢ)の父(ちゝ)〕に出仕(しゆつし)し、われは持氏(もちうぢ)ぬしにつかへて、今(いま)幼君(ようくん)の為(ため)に死(し)す。

しかりしより新田(にった)の餘類(よるい)、南朝(なんちょう)の忠臣(ちゅうしん)だったけど、明徳(めいとく)三年(ねん)の冬(ふゆ)のはじめに、南帝(なんてい)入洛(じゅらく)ましまして、頼(たの)む樹下(このもと)雨漏(あめも)りしより、こころならなかっても鎌倉(かまくら)である、足利家(あしかがけ)の招(まね)ききに従(したが)いなさって、亡父(ぼうふ)は〔里見(さとみ)大炊介(おおいのすけ)元義(もとよし)〕満兼(みつかね)主(ぬし)〔持氏(もちうじ)の父(ちち)〕に出仕(しゅっし)し、われは持氏(もちうじ)ぬしにつかえて、今(いま)幼君(ようくん)の為(ため)に死(し)をする。

Translation:
After that, he(?) was a loyal retainer of Nitta and the southern court, but at the start of the winter of the third year of the Meitoku era, the southern Emperor entered the capital, as the rain leaked away under the trees that he relied on(? is this a proverb?), even though his heart wasn't in it, he accepted the invitation to serve the Ashikaga clan of Kamakura, my late father (Satomi Ooinosuke Motoyoshi) served Lord Mitsukane (Mochiuji's father), I served Lord Mochiuji, and now I will die for the sake of the young lords.

Sticky points: しかりしより、ましまして、憑む樹下雨漏りしより
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby inuinu » Thu 08.28.2008 11:53 pm

he(?)

we(?) or satomi clan(?)
特定の「代」は挙がっていないので、一族の内どの「彼」とも想像できず、よって「彼」は使えないと思います。

ましまして


坐します+て

いらっしゃって/おいでになって

来る、居る、の尊敬語?
神仏や皇族などの、かなり高位の存在に対して使う恭しい言葉ですね。

「天にまします我らが父よ…」
映画で、食事の前の祈るシーンの訳としてたまに聞きます。

憑む樹下雨漏りしより

人物相関がよくわかりませんが、南帝に樹下姓の配下がいたのではないでしょうか?
「頼りにしていた配下の樹下氏は、担っていた防御をいくつか破られたので」というような意味になりますね。
姓の「樹下」にかけて、「葉の隙間から雨が漏る」というイメージで
「防御が弱い/破られた」を比喩表現したと受け取れます。

もし南帝にそんな名前の配下がいなかったなら、
樹は「南帝」自身のことで、「樹下」は「南帝の配下達/兵力」という意味にも受け取れますかね。
私が考え付く可能性はこの二つです。二つともまったく見当違いかも知れません。
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Fri 08.29.2008 7:26 am

inuinu wrote:
he(?)

we(?) or satomi clan(?)
特定の「代」は挙がっていないので、一族の内どの「彼」とも想像できず、よって「彼」は使えないと思います。

Since all the events detailed in that sentence ascribed to the Satomi 祖 occurred in a fairly short time span, I'm thinking it was one particular (unnamed) ancestor. I could be wrong.

ましまして


坐します+て

いらっしゃって/おいでになって

来る、居る、の尊敬語?
神仏や皇族などの、かなり高位の存在に対して使う恭しい言葉ですね。

「天にまします我らが父よ…」
映画で、食事の前の祈るシーンの訳としてたまに聞きます。

Thank you. That makes it clearer.

憑む樹下雨漏りしより

人物相関がよくわかりませんが、南帝に樹下姓の配下がいたのではないでしょうか?
「頼りにしていた配下の樹下氏は、担っていた防御をいくつか破られたので」というような意味になりますね。
姓の「樹下」にかけて、「葉の隙間から雨が漏る」というイメージで
「防御が弱い/破られた」を比喩表現したと受け取れます。

もし南帝にそんな名前の配下がいなかったなら、
樹は「南帝」自身のことで、「樹下」は「南帝の配下達/兵力」という意味にも受け取れますかね。
私が考え付く可能性はこの二つです。二つともまったく見当違いかも知れません。

Maybe 樹下 refers to the samurai in general, who had supported the southern emperor in his return to power, but were abandoned by him in favor of the bureaucrats? The trees (samurai) who had supported him from below leaked away like the rain?

Suemoto's speech continues:
志(こゝろざし)は致(いた)したり。これらの理義(りぎ)を辨(わきま)へずは、只(たゞ)死(し)するをのみ武士(ぶし)といはんや。

Modernized:
志(こころざし)は致(いた)した。これらの理義(りぎ)を辨(わきま)えずは、ただ死(し)するをのみ武士(ぶし)といおうか。

Translation:
His motives did it(? Don't really understand this part. He had his reasons, maybe?) Would you call someone a warrior who just dies without distinguishing the reasons?
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Fri 08.29.2008 3:41 pm

The end of Suemoto's speech, and the bit up to Yoshizane's reply:
学問(がくもん)も又(また)そのかひなし。かくまでいふを用(もち)ひずは、親(おや)とな思ひそ、子(こ)にあらず」と辞(ことば)せわしく敦圉(いきまき)給へば、義実(よしさね)道理(どうり)に責(せめ)られて、思はず馬(うま)の鬣(たてかみ)へ、落(おと)す涙(なみだ)は道芝(みちしば)に、結(むす)ふがごとき本(もと)の露(つゆ)、末(すゑ)の雫(しづく)と親(おや)と子(こ)が、後(おく)れ先(さき)たつ生死(いきしに)の、海(うみ)よりあらき鯨波(とき)の声(こゑ)、こなたへ進(すゝ)む敵軍(てきぐん)を、季基(すゑもと)佶(きつ)と見かへりて、

Modernized:
学問(がくもん)もまたそのかいなし。かくまでいうを用(もち)いずは、親(おや)と思うな、子(こ)ではない」と言葉(ことば)せわしく息巻(いきま)きくれたので、義実(よしざね)道理(どうり)に責(せ)せられて、思わず馬(うま)の鬣(たてがみ)へ、落(お)とす涙(なみだ)は道芝(みちしば)に、結(むす)ふがごとき本(もと)の露(つゆ)、末(すえ)の雫(しずく)と親(おや)と子(こ)が、後(おく)れ先(さき)たつ生(い)き死(し)にの、海(うみ)よりあらい鯨波(とき)の声(こえ)、こなたへ進(すす)む敵軍(てきぐん)を、季基(すえもと)きっと見かえって、

Translation:
Your study was for naught. If you don't use what I have said until now, don't think of me as father, for you are not my son." Yoshizane's logic being condemned in this torrent of words, the tears falling on his horse's mane gathered there like dew on the grass. As the last tear fell at the end of the pause that divided the life and death of the father and son (? this is very free, as I don't really understand the structure here), a great wave of voices wilder than the sea crashed over them, and Suemoto looked back at the enemy army advancing their way.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Fri 08.29.2008 9:05 pm

The rest of the paragraph:
「俺們(われ/\)おん供(とも)つかまつらん。誘(いざ)給へ」といひあへず、木曽介(きそのすけ)は義実(よしさね)の、馬(うま)の轡(くつわづら)を牽(きひ)めぐらし、蔵人(くらんど)はその馬(うま)の、尻(しり)を拍(うつ)て逐走(おひはし)らせ、西(にし)を投(さし)てぞ落(おち)てゆく。

Modernized:
「俺(われ)たちお供(とも)つかまつろう。さあ、いらっしゃい」といいあえず、木曽介(きそのすけ)は義実(よしざね)の、馬(うま)の轡(くつわづら)を牽(きひ)めぐらし、蔵人(くらんど)はその馬(うま)の、尻(しり)を拍(う)って逐(お)い走(はし)らせ、西(にし)を投(さ)してぞ落(お)ちてゆく。

Hm, this isn't Yoshizane's response after all, it's a Satomi retainer's.
Translation:
Saying, "We will serve together. Well, let's get going," Kinosuki took the reins of Yoshizane's horse, and Kurando struck the horse's rump, setting it in motion, and the fled off to the west.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Sat 08.30.2008 7:40 am

Start of the next paragraph:
むかし彼(かの)楠公(くすのき)が、桜井(さくらゐ)の驛(うまやぢ)より、その子(こ)正行(まさつら)を返(かへ)したる、こゝろはおなじ忠魂(ちうこん)義膽(ぎたん)、斯(かう)ありけんと想像(おもひや)り、残(のこ)り留(とゞま)る兵士(つわもの)等(ら)は、愀然(しうぜん)として列居(なみゐ)たり。

Modernized:
むかしあの楠公(くすのき)が、桜井(さくらい)の駅(うまやぢ)より、その子(こ)正行(まさつら)を返(か)えして、こころはおなじ忠魂(ちゅうこん)義肝(ぎたん)、こうあっただろうと想像(おもいや)り、残(のこ)り留(とど)まる兵士(つわもの)らは、愁然(しゅうぜん)として並居(なみい)た。

Translation: Imagining that when Kusunoki sent his son Masatsura home from Sakurai waystation, he had the same loyal and just heart, the remaining warriors sorrowfully lined up.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Sat 08.30.2008 12:46 pm

The bit leading up to Suemoto's farewell speech (I think).
季基(すゑもと)は落(おち)てゆく、わが子(こ)を霎時(しばし)目送(みおく)りつ、

Modernized:
季基(すえもと)は落(お)ちていく、わが子(こ)をしばし目送(みおく)った、

Translation:
Suemoto gazed for a time after his departing son, ...
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Sat 08.30.2008 4:59 pm

Suemoto's final speech and the attached sentence.
「今(いま)はしも心(こゝろ)やすし、さらば最期(さいご)をいそがん」とて、靮(たづな)かい繰(く)り、馬騎(うまのり)かへして、十騎(き)に足(た)らぬ残兵(ざんへい)を、鶴翼(くわくよく)に備(そなへ)つゝ、群(むらが)り來(き)つる大軍(たいぐん)へ、会釋(ゑしやく)もなく突(つい)て入(い)る。

Modernized:
「今(いま)はしも心(こころ)やすい、さらば最期(さいご)をいそごう」といって、靮(たづな)かい繰(ぐ)り、馬騎(うまのり)かえして、十騎(き)に足(た)らぬ残兵(ざんぺい)を、鶴翼(かくよく)に備(そな)えつつ、群(む)らがり來(き)ている大軍(たいぐん)へ、会釈(えしゃく)もなく突(つ)いて入(い)る。

Translation:
Saying, "Now that my heart is eased, let us hurry to our end", he hauled in on his reins, turned his horse around, arranged his not even ten remaining retainers into a crane-wing formation, and without any salute thrust into the great army swarming toward them.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby Yudan Taiteki » Sat 08.30.2008 11:42 pm

Looks good to me.
-Chris Kern
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby inuinu » Sun 08.31.2008 1:17 am

志(こころざし)は致(いた)した


単純に意訳してしまえば、「果たすべき忠義は果たした」でしょうか。

「こころならずも仕えることとなった君主に対して武士が果たすべき忠義は、
いままできちんと尽くしたことと、私がこれから彼らのために戦で死ぬことによって、
充分に果たしたといえる」

というような意味でしょうね。

「我々は本来、新田に仕えているのだから、いくら今我々が仕えている足利持氏が新田の余類だとしても、
息子までが命をかけて持氏のために死ぬほどの大きな義理はない。私だけが死ねば充分忠節を尽くしたことになる。だからお前は逃げてもいいのだ」という感じで、息子を説得しているのだと思います。

If you don't use what I have said until now,

「かくまでいふを」に"until"はちょっと物足りない感じがします。
「ここまで」→「さきほどから、この時点まで」というニュアンスではなく
「ここまで」→「これほどまで言ったのに」「こんなにも説得しているのに」つまり「量」のことだからです。


Yoshizane's logic being condemned

これだと「義実の論理は(父に)責められて」ということになりませんか?
論理と道理は違います。道理=正論に近いです。

「義実は(父の)正論に責められて」のような意味です。
この時点で父の論のほうが理にかなっていると義実も認めている雰囲気が出ます。
認めて受け入れなければならなくなったからこそ、
逃げなければいけない恥や、父と別れなければいけないという
複雑な思いが去来して泣くわけです。
英訳のままだと「責められたから泣いた」というような単純構図のように私には読めてしまいます。
考え過ぎかも知れませんが。


思わず馬(うま)の鬣(たてがみ)へ、落(お)とす涙(なみだ)は道芝(みちしば)に、結(むす)ふがごとき本(もと)の露(つゆ)、末(すえ)の雫(しずく)と親(おや)と子(こ)が、後(おく)れ先(さき)たつ生(い)き死(し)にの、


「末の露、本の雫」ということわざの引用がありますね。
露と雫が入れ替わってますが、結局は同じ意味です。
「遅いか早いかはあるが、草のどこについた水でも結局は蒸発して消える。人間も同じで儚いもの」

お気づきかも知れませんが、このあたりはそれぞれ12文字ずつに語呂をあわせてます。
劇的な場面なので、歌うような感じで書いているということでしょうか。
7字→5字→7字→5字の律ですね。
そのせいでどこが区切りなのかわかりにくく、素人の私には意味の把握は難しいです。
おそらく「生(い)き死(し)にの、」で意味的には区切られてるので「、」より「。」に近いでしょう。

私なりに想像で訳すとこうなるでしょうか。

「義実は思わず鬣に涙を落とした。その涙は、草に出来た末の露本の雫に関することわざを季基に思い起こさせた。
そのことわざの意味と、自分たち親子の状況が重なって、息子を後に残して先に死ぬという、生き死にの綾(人生の無常さ、儚さ)のことを季基は思った」

ん~、また長くなってしまいましたね。
この調子でやっていては、
私の脳ではそろそろ訳にも物語にもついていくことが出来なくなりそうです。
http://www.mars.dti.ne.jp/~opaku/hakken/menu.html#menu
もうご存知だったかも知れませんが、ここに結構詳しく八犬伝の色々が載っていました。
他の八犬伝サイトへのリンクも充実しているので、辿っていくと理解の助けになる情報も見つかるかも。
ちなみに「茶室」の性格チェックをやってみましたが、「犬村大角礼儀」でした。結構当たってた…
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Sun 08.31.2008 2:31 pm

inuinu wrote:
志(こころざし)は致(いた)した


単純に意訳してしまえば、「果たすべき忠義は果たした」でしょうか。

「こころならずも仕えることとなった君主に対して武士が果たすべき忠義は、
いままできちんと尽くしたことと、私がこれから彼らのために戦で死ぬことによって、
充分に果たしたといえる」

というような意味でしょうね。

「我々は本来、新田に仕えているのだから、いくら今我々が仕えている足利持氏が新田の余類だとしても、
息子までが命をかけて持氏のために死ぬほどの大きな義理はない。私だけが死ねば充分忠節を尽くしたことになる。だからお前は逃げてもいいのだ」という感じで、息子を説得しているのだと思います。


So "Our duty is done" or "We have done our duty" would be appropriate?

If you don't use what I have said until now,

「かくまでいふを」に"until"はちょっと物足りない感じがします。
「ここまで」→「さきほどから、この時点まで」というニュアンスではなく
「ここまで」→「これほどまで言ったのに」「こんなにも説得しているのに」つまり「量」のことだからです。

So it's more like "If you don't use all that I have said"?

Yoshizane's logic being condemned

これだと「義実の論理は(父に)責められて」ということになりませんか?
論理と道理は違います。道理=正論に近いです。

「義実は(父の)正論に責められて」のような意味です。
この時点で父の論のほうが理にかなっていると義実も認めている雰囲気が出ます。
認めて受け入れなければならなくなったからこそ、
逃げなければいけない恥や、父と別れなければいけないという
複雑な思いが去来して泣くわけです。
英訳のままだと「責められたから泣いた」というような単純構図のように私には読めてしまいます。
考え過ぎかも知れませんが。

So something like "Yoshizane, being condemned by the truth in this torrent of words,..."?

思わず馬(うま)の鬣(たてがみ)へ、落(お)とす涙(なみだ)は道芝(みちしば)に、結(むす)ふがごとき本(もと)の露(つゆ)、末(すえ)の雫(しずく)と親(おや)と子(こ)が、後(おく)れ先(さき)たつ生(い)き死(し)にの、


「末の露、本の雫」ということわざの引用がありますね。
露と雫が入れ替わってますが、結局は同じ意味です。
「遅いか早いかはあるが、草のどこについた水でも結局は蒸発して消える。人間も同じで儚いもの」


Hm, perhaps something like "The heedless tears that fell upon the horses mane, like the dew on a root and droplets on the leaf which soon disappear, bound together the life and death of father and son that would follow"?

お気づきかも知れませんが、このあたりはそれぞれ12文字ずつに語呂をあわせてます。
劇的な場面なので、歌うような感じで書いているということでしょうか。
7字→5字→7字→5字の律ですね。
そのせいでどこが区切りなのかわかりにくく、素人の私には意味の把握は難しいです。
おそらく「生(い)き死(し)にの、」で意味的には区切られてるので「、」より「。」に近いでしょう。

私なりに想像で訳すとこうなるでしょうか。

「義実は思わず鬣に涙を落とした。その涙は、草に出来た末の露本の雫に関することわざを季基に思い起こさせた。
そのことわざの意味と、自分たち親子の状況が重なって、息子を後に残して先に死ぬという、生き死にの綾(人生の無常さ、儚さ)のことを季基は思った」

ん~、また長くなってしまいましたね。
この調子でやっていては、
私の脳ではそろそろ訳にも物語にもついていくことが出来なくなりそうです。
http://www.mars.dti.ne.jp/~opaku/hakken/menu.html#menu
もうご存知だったかも知れませんが、ここに結構詳しく八犬伝の色々が載っていました。
他の八犬伝サイトへのリンクも充実しているので、辿っていくと理解の助けになる情報も見つかるかも。
ちなみに「茶室」の性格チェックをやってみましたが、「犬村大角礼儀」でした。結構当たってた…

I already have that site bookmarked. I confess to not having read it thoroughly, though.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Sun 08.31.2008 10:29 pm

Remainder of the paragraph (I don't see a good place to split it):
勇將(ゆうせう)の下(しも)に弱卒(じやくそつ)なければ、主(しゆう)も家隷(けらい)も二騎(き)三騎(き)、敵(てき)を撃(うた)ざるものはなく、願(ねが)ふ所(ところ)は「義実(よしさね)を、後(うしろ)やすく落(おと)さん」と思ふ外(ほか)又(また)他事(たじ)なければ、目(め)にあまる大軍(たいぐん)を、一足(ひとあし)も進(すゝま)せず、躬方(みかた)の死骸(しがい)を踏踰(ふみこえ)て、引組(ひきくん)では刺(さし)ちがへ、おなじ枕(まくら)に臥(ふす)ほどに、大將(たいせう)季基(すゑもと)はいふもさらなり、八騎(き)の従卒(じゆうそつ)一人(ひとり)も残(のこ)らず、僉(みな)乱軍(らんぐん)の中(うち)に撃(うた)れて、鮮血(ちしほ)は野逕(やけい)の草葉(くさば)を染(そめ)、骸(むくろ)は彼此(をちこち)に筭(さん)を紊(みだ)して、馬蹄(ばてい)の塵(ちり)に埋(うづむ)といへども、その名(な)は朽(くち)ず、華洛(みやこ)まで、立(たち)のぼりたる丈夫(ますらを)の、最(いと)もはげしき最期(さいご)也。

Modernized:
勇将(ゆうしょう)の下(しも)に弱卒(じゃくそつ)ないので、主(しゅ)も家来(けらい)も二騎(き)三騎(き)、敵(てき)を撃(う)たざるものはなく、願(ねが)う所(ところ)は「義実(よしざね)を、後(うし)ろやすく落(お)とそう」と思う外(ほか)また他事(たじ)なければ、目(め)にあまる大軍(たいぐん)を、一足(ひとあし)も進(すす)ませず、身方(みかた)の死骸(しがい)を踏(ふ)越(こ)えて、引(ひ)組(く)んでは刺(さ)しちがえ、おなじ枕(まくら)に臥(ふ)すほどに、大将(たいしょう)季基(すえもと)はいうもさらなり、八騎(き)の従卒(じゆうそつ)一人(ひとり)も残(のこ)らず、皆(みな)乱軍(らんぐん)の中(うち)に撃(う)たれて、鮮血(ちしお)は野径(やけい)の草葉(くさば)を染(そ)め、骸(むくろ)は彼此(あちこち)に算(さん)を乱(みだ)して、馬蹄(ばてい)の塵(ちり)に埋(うず)むといったけど、その名(な)は朽(く)ちず、華洛(みやこ)まで、立(た)ちのぼった丈夫(ますらお)の、最(いと)もはげしい最期(さいご)である。

Rough translation:
Since there weren't any cowardly warriors under the brave general, there were none among the lord and his retainers that did not strike two or three enemies, with no other thought than the wish that "May Yoshizane easily escape to the rear," with their eyes full of the great army, which they didn't allow to advance even one step, stepping over the corpses of their allies, drawing together and stabbing each other to the extent that they lay on the same pillow, not even one remained of General Suemoto and his eight soldiers, all were struck in the melee, the plants of the country lane were stained with fresh blood, corpses disturbed the lines here and there, it is said that they were buried by the dirt from the horses' hooves, that name did not rot, even in Kyoto, the warriors stood forth and their last moments were the most violent.
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Re: 南総里見八犬伝(文語版)

Postby richvh » Mon 09.01.2008 9:19 am

Start of the next paragraph:
さる程(ほど)に、里見(さとみの)冠者(くわんじや)義実(よしさね)は、杉倉(すぎくら)堀内(ほりうち)に導(みちびか)れて、十町(ちやう)あまり落延(おちのび)つ。

Modernized:
さる程(ほど)に、里見(さとみの)冠者(かんじや)義実(よしざね)は、杉倉(すぎくら)堀内(ほりうち)に導(みちび)かれて、十町(ちょう)あまり落(お)ち延(の)びた。

Translation:
In the meantime, young Satomi Yoshizane, led by Sugikura Horiuchi, fled more than 10 chou (about half a mile or one kilometer.)
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