Learn Japanese with JapanesePod101.com

View topic - 日米交換船

日米交換船

Discussions on Japan's history or Japanese books!

RE: 日米交換船427-441p(4/22分)

Postby coco » Thu 05.03.2007 9:12 pm

427p
(4行目)
三者三様 =それぞれ性格の違う三人?
人によって物事の考え方が違い、さまざまであること。
三人の人間がいれば、それぞれ別の様子であること。
ここでは「三者三様の対応の妙」と使っています。
「三人がそれぞれ異なる対応をとることのおもしろさ」。

(4行目)
香取俊介(かとりしゅんすけ) あいにく、wikipediaでは見つけられませんでした。一体、どんな作家ですか。
私もこの方の本は読んだことがありませんが、ご本人のホームページがありました。

428p
(2行目)
婿養子(むこようし) =?
現在のところ日本では夫婦別姓が認められていませんので、圧倒的に多いのは、女性(妻)が男性(夫)の家名を名乗るケースです。女性側の家族に男の子供がいない場合、家名が絶えてしまいますので、妻が結婚する相手の男性を妻の両親の戸籍上の子として迎え、家督相続人にする場合があります。この場合の夫のことを「婿養子」といいます。

280p左から4行目にもあるように、東郷文彦氏は生家である本城家から妻の家である本郷家の戸籍に入った結果、姓が本城→東郷になりました。

終戦後、法律が改正され、婚姻によって新たに戸籍をつくることになりました。以前の法律では夫あるいは妻の両親の戸籍に入ることになっていましたので、妻の姓を名乗る夫=婿養子でした。戦後は妻の姓を名乗っていても必ずしも婿養子ではないこともあります。婿養子になるには?妻との婚姻届と?妻の親との養子縁組届--を提出する必要があります。
(法律には詳しくないのですが、不明点があれば再度質問してください。)

異父姉(いふあね・いふし?)
「いふし」だと思いますが、あまり自信がありません。一般の会話で出てくることはまずない言葉です。JLPTの1級でも絶対に出ないと思う。^^;

429p
(12行目)
気がきかない =?
気が利く 【きがきく】 (n) (1) sensible; smart; (2) thoughtful; tactful; sensitive; ED

きがきく【気が利く】
      {慣用句・ことわざ}よく心が行き届く。しゃれている。 

の否定形です。
「気」のつく慣用句は日常会話での頻度が高いことばです。
「気がき(利)く」「気がき(利)かない」ともに、人を評するときによく使われるので、覚えておくと便利ですよ。 :)

延岡(のべおか)特産の焼き竹輪(ちくわ) 地方の特産といいますが、友達によると、全国にわたって屋台でもよく売られるスナックそうです。本当ですか。
「焼き竹輪」自体は、製品としてスーパーなどでも全国的に売られていますが、「焼き竹輪」の屋台を東京で見かけたことはありません。私が知らないだけかもしれませんが…。よく見るのは「焼き鳥」「たこ焼き」で、次が「いか焼き」「フランクフルト」あたりかな…。特産品の催し物などがあるときは、「焼き竹輪」の屋台がでるのかもしれません。
焼き竹輪。
別個にスレッドを立てて他の方に質問してみると屋台のおもしろい食材情報が集まるかもしれませんね。 :)

430p
(14行目)
ダミ声 =?
だみごえ
だいたい、低くて潰れた声のことを指します。潰れた声というのは、thick voice ?
だみ声の男 =hoarse-voiced man ( 英辞郎)

434p
(5行目)
惨敗(ざんぱい)する以外ないのです =惨敗することに決まっています?
はい。その解釈であっています。「惨敗する以外(に考えられ/道は)ないのです。」

436p
(最後の行)
とももらす =?
とも+もらす(3)

437p
二盾フ扉 20問以内、物事を当てる(正しいですか?)
はい。20回質問する間に、正解を当てるというクイズです。

439p
(2行目)
極く(=ごく?)
はい。「ごく」です。
通常は「ごく普通」と赴Lされ、「きわめて普通」の意味です。

440p
くんだり as far as
この阜サは、否定的に使われることが多いので、使う場合には注意が必要です。もともと「くだり(下り)」の意味がありますので、都(みやこ)から遠いところ(=僻地)に「左遷される」という意味合いがあるのです。同じ距離でも、自ら望んで行く場合には「くんだり」という言葉は使いません。
Last edited by coco on Sat 05.05.2007 5:03 am, edited 1 time in total.
coco
 
Posts: 3061
Joined: Mon 05.30.2005 12:43 am
Location: 東京都
Native language: 日本語(Japanese)

RE: 宮沢弘幸/フォスコ・マライーニ (4)+ 婦人

Postby coco » Sun 05.06.2007 11:35 am

ご質問を先まわりして答える形になって恐縮ですが、『フォスコの愛した日本』からご質問内容に該当しそうな部分(96-97P)を引用しておきます。

 彼らが抑留された昭和諸ェ年曙獅フ時点では、日本には約二百人のイタリア人がいたといわれている。この数字は昭和序Z年の太平洋戦争開戦時の三倍に上っている。これはイタリアの降伏により、日本軍占領地域、特に北京・天津・香港などにいたイタリア人すべてが日本国内に移送されたことによるものだった。東京の教会で宣誓式に臨んだ約五署lの大使館関係者の中には、これら大陸の都市に勤務していた者も多数含まれていたのである。極東に配置されていた軍関係のイタリア人は捕虜として日本に連行され、横浜の工場で強制労働に従事することになる。残るのは、三署lから五署lいたといわれる民間人だった。
 これらの民間人の中からどういう基準でマライーニたち曙ワ人が選ばれたかは、考えてみると興味深いことである。まず彼らの職業をみてみよう−−−宣教師・学者・技師・クラブ経営者・学生・元外交官−−その多くがいわゆるインテリの職業である。ドイツ大使館のナチス党員の指示に基づいて行われたといわれるこの人選は、インテリはすべて反ファシストだと考えて間違いない、という単純かつ的確な基準によるものだった。東京での宣誓式に出席したピアチェンティーニによると、宣誓式は形式的なもので、実際には抑留される人々のリストはすでに出来上がっていたという。宣誓式の結果、新たにリストに加えられたのは、修道士コルッシ一人だった。

このあたりの記述を読む限り、抑留者リストはすでに出来上がっていて新たに増えることはあってもそれを逃れることはかなり難しかっただろうと考えられます。

---
393p
今でも出版されていますね。どんな雑誌ですか。主婦向けの雑誌ですか。

もともとは非常に文字数の多い本ですが、夫の浮気や嫁姑(よめしゅうとめ)問題の読者手記を中心とした本だったように記憶しています。もちろん当時(交換船派遣時)はそのような記事があったとは思えませんが…。最近のテーマを見ると30代の主婦を読者対象にした本づくりのように思えます。出版社である中央公論は経営危機に陥ったため、今は読売新聞の傘下に入っています。

5月3日付の読売新聞朝刊(15面)に『婦人公論』の編集長紹介記事が載っていました。それるよると『婦人公論』は
・大正デモクラシーの自由な空気を受けて1916年に誕生。
・創刊直後から母性保護論争の議論の場となり戦後も主婦論争(PDF)など女性の人権に関する議論が盛んであった。
・現在は、それらの論争はメインではないものの「自分らしく生きたいという女性の思いを応援する」雑誌である。
・就任半年になる現在の編集長は「40代でも女や妻として自分を輝かせたい女性」を対象に編集を行っている。
・ロンドンを含めて、全国に32の愛読者グループがある。

とのことだそうです。
Last edited by coco on Sat 05.12.2007 8:27 pm, edited 1 time in total.
coco
 
Posts: 3061
Joined: Mon 05.30.2005 12:43 am
Location: 東京都
Native language: 日本語(Japanese)

RE: 明治宮殿の焼失(東京大空襲)

Postby coco » Sat 05.12.2007 8:41 pm

Q:戦時下、皇居は爆撃されたことがありますか。

最初に皇居に焼夷弾が落ちたのは1945年2月25日という資料があります。
ただし宮殿が焼失する被害を受けたのは5月25-26日です。これが爆撃によるものかどうか私にはわかりませんが、5月25日(22:38)〜26日(01:13)にかけての東京大空襲の際に「明治宮殿」が焼失しました。
たぶん
http://www.atkinsopht.com/atk/saipan.htm にある「Strike #10」がその日の第73爆撃団(?)の記録なのではないかと思います。

公的な資料では「戦火によって消失」などという阜サが使われており、B-29(「びー にじゅうく」)による空襲の延焼の結果、火の手が皇居(当時は宮城) にまで回り、宮殿が焼け落ちたと受け取れます。
「戦後の交渉のために皇居は攻撃対象から外されていたから、あくまで延焼による被害である」というのが定説のようですが、「パイロットが(個人の判断で)皇居を狙って焼夷弾を落とした」という説もあります。

http://www.ndl.go.jp/modern/img_l/M001/M001-042l.html
このページの「IP area」が Imperial Palaceを指しているのかInitial Point(?) を指しているのか私にはわかりませんが、その日の空襲の規模はお分かりいただけるものと思います。
(関係ありませんが、このページに出てくる緑の光はちょっと気になります)

この日の消火活動がうまくいかなかった理由は、宮城に放水することができなかったからだという話もあります。というのは神聖な宮殿に水をかけるのは不敬にあたるという考え方があったからだそうです。

東京大空襲の後から、マッカーサー元帥(Douglas MacArthur)に会い「人間宣言」をするまでの天皇陛下を主人公にしたものに映画"The sun"(邦題 は『太陽』)があります。

もし、ご興味があるようでしたらご覧ください。地味で観念的な映画ですが、よくあそこまで作ったと私は感心しました。日本人の会話はすべて日本語で撮られています。内容にご興味があってDVDが手に入るようでしたら『赤毛のアン』の後の聞き取り練習の教材にするのも一案です。私は台詞を収録したパンフレットを持っています。

今年に入ってから、昭和天皇に仕えた小倉(庫次)侍従の日記が発見されました。近いうちに単行本として発行されると思います。もしかするそこに宮殿の爆撃あるいは焼失に関するお言葉が綴られているかもしれません。発売されたら読むつもりですので、何かわかったらまたお知らせします。
Last edited by coco on Sat 05.12.2007 10:21 pm, edited 1 time in total.
coco
 
Posts: 3061
Joined: Mon 05.30.2005 12:43 am
Location: 東京都
Native language: 日本語(Japanese)

RE: 日米交換船

Postby chchan45 » Tue 05.15.2007 5:23 pm

ついに、先の編集(竹久千恵子と天野芳太郎の部分のコメント)が終わりました。3週間もお待たせてもうしわけありません。

このページの「IP area」が Imperial Palaceを指しているのかInitial Point(?) を指しているのか私にはわかりませんが、その日の空襲の規模はお分かりいただけるものと思います。


Initial Point はたぶん合っています。空軍の報告ですから、英語の文章は技術的用語 (jargon) がたくさん使われるらしいです。From IP to land’s end を簡単に言えば「空襲目標の範囲に入るから日本本土を離れるまで」だと推測します。


「気」のつく慣用句は日常会話での頻度が高いことばです。覚えておくと便利ですよ。

はい、実は最近の聞き取り練習に気づきました。「気」だけではなく、体の部分のつく慣用句(目、口、手、足など)もよく出ます。リストを作って、しっかりに勉強するつもりです。きっと日本語迫ヘ試験には役に立たないですが、こんな阜サを身につけば、もっと自然な日本語が話せると思います。



別個にスレッドを立てて他の方に質問してみると屋台のおもしろい食材情報が集まるかもしれませんね。

はい、日米交換船の勉強を済ましてから、そうします。


婿養子と妻の姓を名乗る夫

ご説明どうもありがとうございます。とても分かりやすいです。
婿養子といえば、湯川秀樹(ノーベル物理学賞受賞)が頭に浮かべます。

ところで、今、妻の姓を名乗る人が多いですか。それに、夫婦別姓をめぐる何年も続いてきた争論をよく知っています。



「弔文」の中の「鉈で指を切り落とす」というところが不気味に感じられたかもしれませんが


マライーニ一氏とイタリア人の抑留についての詳しい情報を入力して頂いて、本当にありがとうございます。
わたしも引用文を読んで、「過激」だと感じられました。そして、左手の小指を切り落とすのは、ヤクザみたい作法ではないかと思っていました。


役人の不正を自分の命と引き換えに訴え出る、江戸時代の直訴のことだったと思われる。日本人の間では、自分自身の血を流すこと、その究極の形として自らの命を絶つことは、自分の潔白や正当性を強く訴えることになる。


よくわかります。実は中国でも、同じ概念もありました。(中国語といえば、「一死以示清白」です。)しかし、こんな場面はテレビの時代劇で出ることが多いですが、実際には本当に自分の命で訴え出た人を、ぜんぜん思いつきません。
Last edited by chchan45 on Tue 05.15.2007 5:27 pm, edited 1 time in total.
Reading 李香蘭 私の半生

Please note that:
1. English is not my first language.
2. I am not Japanese. I am prone to making mistakes so please point them out if you see any.
chchan45
 
Posts: 403
Joined: Wed 03.01.2006 10:01 am
Location: United Kingdom

RE: 428p-451p

Postby coco » Fri 05.18.2007 6:56 pm

428p
8行目
丸い棺桶にあぐらをかく姿勢で座らされました。

ちょっと変だと思います。欧米では、死体棺桶に横たえるの普通です。

日本でも死体を柩に寝かす(横たわる形にする)のが普通です。この形の棺桶を寝棺といいます。現在の日本では墓地確保の問題もあり、寝棺を使って火葬するのが一般的ですが、大正時代、特に農村部では土葬も多かっただろうと思います。土葬にする場合は木製の桶を棺桶として使用し、膝を折って座らせる形(胎児の形)で桶に死体を入れたそうです。この形の柩を座棺といいます(棺桶という言葉も、桶を使ったことから来ています)。その際、黄泉の国に旅立つということで、旅装を施しました。それが経帷子です。いまでも仏式の死装束(しにしょうぞく)はあまり変わりません。

私自身は土葬を見たことはありませんが、1970年代の前半に座棺での土葬に参列したという知人の話を聞いて驚いたことがあります。

6-10行目
当時、一般の葬式はこのように行われていましたか。(頭を剃ること、白い経帷子を着ること、それに水をかけること)

経帷子を着ること以外はよくわかりませんが、僧侶が頭を剃るように頭を剃るというのは世俗を離れるという意味があったかもしれないと思います。水をかける、というのも灌頂(かんじょう)という仏教儀式と関係するのかもしれないと推測します。あくまで推測に過ぎません。葬儀などの儀式は地域によってもかなり風習に違いがありますが、私自身が参列した葬儀では頭髪を剃ったご遺体を目にした記憶はありません。

11行目
千恵のお母さんの言いたいことは、「私が死んだ後にも、千恵をいじめるな。誰かそうすれば、私は幽霊になって、訪れてくるよ」ですか。

そのとおりです。
最近は「化けてやる」より「惚(ぼ)けてやる」の方が、親不幸な子供に効果的です。 ;)

429p
13行目
チイ坊は竹久千恵子の愛称ですか。

はい。「ちえこ」の「Chi」がChii+ 坊になった形の呼び名です。接尾語・坊の(2)です。現在では「坊」をあまり聞きません。女の子の場合、「坊」より「リン」「タン」などがつくようです。

432p
この映画ですね。
はい。私は観ていませんが、その映画だと思います。
知る限り、助監督の名前はふつう「黒澤明」になります。実は、旧字体を使うべきですか。「黒沢」、それとも「黒澤」で書くべきですか。

「沢」が常用漢字で、「澤」は人名漢字に入っていないので新聞では「黒沢」を使っています。ただこの本は他にも常用漢字外を頻繁に使っています(人名でも岩倉「萬藏」など)ので、ここだけ「沢」というのは私も不思議な気がします。
手紙などを書く場合、私は、基本的に本人の使う漢字をそのまま使っています。たとえば「さいとう」さんでも、斉藤、齊藤、斎藤、齋藤などがあって混乱しますが、姓名判断から旧字の画数に重きを置く人もいますし、簡単に書ける方がいいと言ってまったく気にしない人もいます。

433p

国章のリンクありがとうございました。イギリスの国章にフランス語がそのまま残っているのは不思議な気がしました。世界の国章の一覧を見てみましたが、おもしろいですね。天皇家の菊紋が国章に準じた扱いになっているのをこれまで知りませんでした。日本のパスポートにある菊は、八重(やえ)ではなく一重(ひとえ)の序Z弁(16枚の花びら) です。

434p
11行目
でも、少なくともこういうことはいえるのではないか。

この文章は、どんな意味ですか。さっぱりわかりませんでした。

少なくとも+ こういうこと + 言えるのでは + ないか。
「少なくとも、(河上については)次のように指摘することができるのではないだろうか」と読み替えてもいいと思います。
「こういうこと」の内容は、「この時の査問における河上の答えには〜竹内好の考えに相当近い。」までです。
Kawakami Kiyoshi Karl で検索すると戦前に河上清氏が英文で書いた文章のいくつかが出てくるようです。
11行目から最終行までの内容に関して疑問があるようでしたら、チャットの際にまた話しましょう。河上清氏が渡米する際に資金援助したのは、後藤新平(鶴見氏の祖父)です。(236p)

435p
11行目
竹久千恵子には、取調べに出頭したクラークを通じ、アメリカの対日宣伝放送に協力してもらえないかという打診がFBIから届いた。

この文章によると、FBIが対日宣伝放送に協力してもらいたい人は竹久千恵子ですか。それとも、河上クラークですか。

千恵子です。FBIはクラークを介して「アメリカの対日宣伝放送に協力してもらえないか」と千恵子に打診した−−という意味になります。

440p
9-15行目
「私は交換船で帰って来る時に感じたのですか・・・・考えて怒って帰って来ました。」
竹久氏の発言のあらすじは、「米国にやってきた日本人は、全部自分のことだけを考えて(個人主義的)、日本に貢献しようともしない。今も考えても怒ってる」ですか。

「怒って帰って来た」というのは「怒りながら帰って来た」ということで、当時の感情を振り返って叙述している形です。現在(インタビューの時点)で腹を立てているという阜サではありません。

443p
8行目
前年に出版した・・・「我が囚はれの記」

1.前年は1943年を指しますか。

はい。そのとおりです。
2.「我が囚れの記」ではなく、「我が囚れの記」でしょう。

この時代は、現在の赴L法とは異なります。「わ」に「は」を使っています。当時出版された書籍の題名をそのまま引用したのだと思います。

445p
6行目
最初の結婚(入籍はせず)

「入籍はせず」というのは、「結婚したが晴れ登記せず、奥さんはなかなか天野氏の戸籍に入らなかった(それに名前も天野に変わらなかった)」の意味ですか。

そうです。いわゆる事実婚です。

447p
14行目
志津子の三庶O忌

志津子が亡くなってから、ちょうど33年の周忌ですか。

法事の数え方は変則的で、亡くなってからちょうど2年目に三回忌を、6年目に七回忌を、32年目に三庶O回忌をやります。

451p
霧社事件についてですが、私は莫那魯道(モナ・ルーダオ)の弟さんのご子息に霧社でお話を伺ったことがあります。これについてもまたの折に。

天野芳太郎氏のサイトのご紹介、ありがとうございました。おもしろいですね。これについては改めます。(「興味をひく」「興味をひかれる」は正しい使い方です。)

戦前の日本人と漢文の素養についてもポストをわけますね。 :)
Last edited by coco on Fri 05.18.2007 8:54 pm, edited 1 time in total.
coco
 
Posts: 3061
Joined: Mon 05.30.2005 12:43 am
Location: 東京都
Native language: 日本語(Japanese)

Previous

Return to History and Literature Discussions

Who is online

Users browsing this forum: No registered users and 1 guest