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自動詞・可能形・受身形について

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自動詞・可能形・受身形について

Postby yangmuye » Mon 12.26.2011 9:35 pm

 ずっと前から抱いている疑問ですけど、可能形・自動詞の使い方の質問です。
 この考え方は他のところで見たことはありませんが、単に初心者の自分の感じで書いてみます。正しいかどうかは、ここでの皆様に判断していただきたいです。日本語のおかしいところも添削してくださればうれしいです。よろしく、お願いします。
 かなり複雑な問題で、いくつかの簡単な問題に分けて考えるほうがいいと思います。きょうは第①回です


 日本人がお茶を入れたとき「お茶が入りました」と言うことがあるんですね。ここでなぜ「入れる」じゃなく、「入る」と言うんでしょうか。結論を先に書きますと、「入れる」を含む他動詞の方は出来事の始めから終わりまでを含むのに対して、「入る」など自動詞の方は出来事の終わりしか含まない、ということです。
 次の文を考えてください。
    ①a机の上に赤いリンゴがあります。
    ①b机の上にリンゴがあります。リンゴは赤いです。
    ①c机の上にリンゴがあります。赤いリンゴがあります。
    ①d赤いリンゴは机の上にあります。
 同じことを述べていても少し違います。リンゴが初めて話に出てくるとき、存在文を用いないと落ち着きません。しかし、リンゴが既に話に出ているなら、存在文を使わない方が普通だと思います。重複した情報を避けるのだと思います。

 同じ理由で、何かをしようとするときは、「~します」と人に知らせますが、し終わったときは、「~しました」とは言わず、「~できました」と言うのが普通だと思います。始まりを二度重複して知らせることを避けるためです。

 お茶の話に戻ります。お客さんが来てくれたらお茶を入れるということは常識です。わざと言わなくても「私がお茶を入れる」とお客さんは予想しているはずです。つまり「お茶を入れました」を言わないで、「お茶が入りました」というのです。「お茶を入れました」というと、「わざわざお茶を入れてあげる」というように聞こえてしまいます。そもそも「お茶を入れた」は「お茶を入れる」ことがあるかないかも相手が意識していない場合に使う言い方です。

 そのほか、自分の意思によらない出来事も、自動詞しか使えません。こちらを参照

 何かができた時の言い方は、私の知る限りでは、次のとおりです。
    五段動詞→可能形、を→が。例:
     暇を作る→暇が作れました。
    一段動詞→られるを付ける、を→が。例:
     ドアを開ける→ドアが開けられた。
    他動詞→自動詞、を→が。例:
     ドアを開ける→ドアが開いた。
    する→できる、を→が。例:
     準備(を)する→準備(が)できた
    ~→~ことができた。例:
     再就職する→再就職することができた

 自動詞がない一段動詞は「られる」で可能動詞を作り、自動詞をもつ動詞はの可能形と「られる形」は意志的な動作主がないと使えないらしいです。また、可能形も考えてみましょう。次の文はどう違うんでしょうか。
    ②aやっと(ドアが)開けられた
    ②bやっと(ドアが)開いた
    ②cやっと(ドアが)開けれた

    ③aやっと成績が伸びた
    ③bやっと成績が伸ばせた
    ③c?やっと成績が伸ばされた

「やる」という動詞だけが違います。なぜか「やれた」よりも「やった」のほうが使われますね。
Last edited by yangmuye on Tue 12.27.2011 12:52 am, edited 3 times in total.
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby Ongakuka » Mon 12.26.2011 10:00 pm

 同じ理由で、何かをしようとするときは、「~します」と人に知らせますが、し終わったときは、「~しました」とは言わず、「~できました」と言うのが普通だと思います。始まりを二度重複して知らせることを避けるためです。


ネイティブではありませんが、私の考え方ではちょっと違いますね。「しました」に比べると、「できました」のほうがポジティブな感じがすると思いますね。「した」ということだけを伝えるより、「することができた、ダメじゃなかった」のような明るいニュアンスが伝わってほしいと思って、それが「できました」を使う理由ではないかと思います。

私は日本人ではないし言うこともダメかもしれないので、これ以上は書かないことにします。
なかなか面白いスレッドを作っていただいてありがとう
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby yangmuye » Mon 12.26.2011 10:20 pm

Ongakukaさん。早速のお返事ありがとうございます。
日本語では、基本的に「ドアを開けたけど、開かなかった」ような言い方はできません。「ドアを開けようとしたが、開かなかった」としなければなりません。「開ける」は既に「開く」という結果を表しているからだと思います。(英語も同じだらしいです。しかし中国語ではそういう言い方は極普通です。)
つまり、できるかできないか分からないけど、とりあえずできるように頑張ろうという場合なら、「した」は言えませんね。私も、「した」はもともとできることをそのまま予定のとおりやり遂げるだけで、「できた」のほうは予想もしなかった驚きと喜びが感じられます。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby Ongakuka » Mon 12.26.2011 10:58 pm

失礼しました :pray: やはり私たちは同じように考えています。

では、Yangmuyeさんの疑問について、自分で結論を提案したようですね。Yangmuyeさんの考えていることについて、TJPのほかの皆さんがどう思っているか教えてほしいというわけですね。私はもう一度読んでから答えてみます(笑)Yangmuyeさんのおっしゃったとおりで、とても複雑な問題です。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby play_on_my_words » Tue 12.27.2011 1:52 am

ちょと短い返事ですけど、お手前のことは考えてみましたか? この事情でお手前のせいでかもしれないです。 オレの日本語が下手ですけど、この事を考えてみてください。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby Ongakuka » Tue 12.27.2011 11:04 am

こんにちは

もう一度読みました (ここで「読めました」を使ったら変ですよね :D

私はYangmuyeさんのおっしゃることは全部正しいと思うんですが、とりあえず分析してみました。

次の文はどう違うんでしょうか。

②aやっと(ドアが)開けられた<<可能形ですね
②bやっと(ドアが)開いた <<これは可能形じゃないでしょう。つまり誰かが開けようとしたか、ただ風の力で開いてしまったかは不明ですね。
②cやっと(ドアが)開けれた << これは(a)に全く同じですね。「開けられる」はちょっと長いので、友達同士の会話などで短くするのが一般でしょう

③aやっと成績が伸びた <<可能形じゃないでしょう。結末だけですね。
③bやっと成績が伸ばせた <<可能形です。
③c?やっと成績が伸ばされた<<この文に私も疑問を持っています。このように使うんでしょうか :think:

「やる」という動詞だけが違います。なぜか「やれた」よりも「やった」のほうが使われますね。


「やれた」は、ちゃんとした日本語だと、「やられる」になりますね。ただ「やられる」は受身形でもあります。たしかに「やった」は「できた」のようなニュアンスがあると思います、可能形になっていないのに。不思議ですね!

言語の能力を上達させるためならそこまで分析しなくてもいいと思いますが、興味深くて楽しいです :dance:
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby NileCat » Tue 12.27.2011 2:46 pm

みなさんの意見と重複しますが、あくまで私個人の感覚を書きます。

○ お茶が入りました
第一の理由は主語をあいまいにして丁寧さを出すことにある表現だと思います。

○ ドアが「開けられた」をあえて使う例
A: あの鍵の壊れた金庫、開(あ)いた?
B: ああ、あれね、開けられたよ。

あえて、「不可能」をあらわす「開けられない」という言葉の反対語「開けられる」という表現を用いることで、「可能」の意を強調する。
この例の場合、「偶然に開いた」わけではなく、不可能を可能にするほどの努力によって遂には成功したというニュアンスを含む。

○ 開けれた
いわゆる「ら抜き言葉」ですね。私はすきではありません。

○ 成績が伸びた
単純な事実の叙述とうけとります。「クレームの件数が伸びた」という場合と同じ解釈です。そこに「可能」のニュアンスは感じません。

○ 「成績が伸ばされた」は、変ですね。おかしな文です。

○ 「やった」は文脈次第。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby yangmuye » Wed 12.28.2011 12:13 am

play_on_my_wordsさん、Ongakukaさん、 NileCatさん、お返事いただきありがとうございました。
m(_ _)m

play_on_my_words wrote:ちょと短い返事ですけど、お手前のことは考えてみましたか? この事情でお手前のせいでかもしれないです。 オレの日本語が下手ですけど、この事を考えてみてください。

 よくわかりませんけど、お手前と関係あるんですか。この前その原因は思いませんでした。考えてみましょう。
 よく似た表現ですが、他には「夕飯ができました」や「お風呂がわきました」などがあります。

NileCat wrote:第一の理由は主語をあいまいにして丁寧さを出すことにある表現だと思います。

 そうですね。やはり私は、根本原因は文脈と文法の制限にあり、「お客さんが来たらお茶を入れるべきだ」というバックグラウンドがあるか(認めるか)どうかによって、「お茶を入れる」と「お茶が入る」を選択するのだと思いますね。
 金田一春彦先生も、その著書で、動作主を目立たせない表現で、「わたしが」「わたしが」と言わない、控えめな優しさを感じさせる美しい表現だ、と言われているそうですが、これが日本人の直感ですね。

 「準備できたぞ/ぜ」というようなセリフがよく聞こえるんですけど、ここで「丁寧さ」は考えにくいですね。きっと他のところにも原因があるんでしょうね。


NileCat wrote:あえて、「不可能」をあらわす「開けられない」という言葉の反対語「開けられる」という表現を用いることで、「可能」の意を強調する。
この例の場合、「偶然に開いた」わけではなく、不可能を可能にするほどの努力によって遂には成功したというニュアンスを含む。

NileCat wrote:単純な事実の叙述とうけとります。「クレームの件数が伸びた」という場合と同じ解釈です。そこに「可能」のニュアンスは感じません。

 なるほど。「開けられた」「伸ばせた」の方が困難さが出てくるんですね?
 自動詞がある動詞は、「可能」を表すにも「遂に成功した」を表すにも自動詞が使われることが多いようです。
 私は少し辞書を調べてみましたが、自動詞がある他動詞が「られた」で「可能・結果」を表す例文はなかなか見つかりません。形の短い言い方が楽なのではないか、あえて「られた」を使うと困難さを強く表現できますね。


NileCat wrote:「やった」は文脈次第。

 そうですね。「やった」は自分のしたことだけでなく、よいことが起こった場合も使われるんですね。「よかった」に近い場合もあります。
『大辞林』 wrote:やっ-た [3] (感)
ものごとが完成したり,成功したときに喜んで言うことば。「やった,合格だ」

これは不謹厳ですね。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby yangmuye » Sun 01.15.2012 6:12 pm

 アニメでよく見られるところですが、自動詞を使うだけでは丁寧さを表わす言い方にならない証拠になりそうだと思います。
 お客さんが来てくれた時、メイドさんは「お茶を入れますね」と告げてその場から離れますが、お茶を持って戻った時は「お茶ができました」と言うようになります。

 もし自動詞に「主語をあいまいにして丁寧さを出す」という働きがあれば、ここでは「お茶が入りますね」と言うはずでしょうが、残念ながら、Googleで調べるとヒットはないようです。

 逆に、「授業が始まるぞ。早く教室に入れ」のような丁寧さがまったく感じられない、むしろやや乱暴なな言い方ですが、却って自動詞を使うことにしています。(このように、行為者はその行為を支配することができない、ただの代行者だ、という場合は、行為者が現れないようにするのが好まれるように感じます。「私は髪を切る」なども)
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby NileCat » Mon 01.16.2012 9:12 am

またまた私個人の感覚です。あくまで参考にとどめてください。

yangmuye wrote:アニメでよく見られるところですが、自動詞を使うだけでは丁寧さを表わす言い方にならない証拠になりそうだと思います。
 お客さんが来てくれた時、メイドさんは「お茶を入れますね」と告げてその場から離れますが、お茶を持って戻った時は「お茶ができました」と言うようになります。


その通りです。これは文脈が異なるので、丁寧さの力点が違います。
この場合、話者の作法としての主眼は、「私が離席するご無礼をお許し下さい」ということです。「お茶をいれるという行為のために、私はあなたのそばを離れなければなりません」という意を表明するのが一義的な問題であって、「私」を前面に出すことは非礼にあたりません。というか、それを言わなければ失礼にあたります。従って、自動詞他動詞の「どちらが丁寧」とは違う問題です。

(ちなみに、賓客に対するメイドさんの台詞としては「お茶をいれますね」-「お茶ができました」は不適切です。「只今お茶をお持ちします」-「お茶をお持ちいたしました」というような言い方になります。 :)

「授業が始まるぞ」における自動詞他動詞の選択もまた、「丁寧さ」とは全く別の問題です。「授業がはじまりますので席にお着き下さい」とすればじゅうぶん丁寧になるわけですから。

丁寧さのレベルを量るのに自動詞他動詞の別で分類しようとするのは、個人的には賛成できません。あくまで場合によるからです。それよりも、yangmuyeさんがお書きになった「行為の主体者」に着眼した方が、論理は、はるかにすっきりするのではないかと思います。
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Re: 自動詞・可能形・受身形について

Postby yangmuye » Mon 01.16.2012 10:58 am

NileCatさん、貴重なご意見ありがとうございます。とても参考になりました。

(ちなみに、賓客に対するメイドさんの台詞としては「お茶をいれますね」-「お茶ができました」は不適切です。「只今お茶をお持ちします」-「お茶をお持ちいたしました」というような言い方になります。 )

本当のメードでもないので、敬語も丁寧語だけなのです。

それよりも、yangmuyeさんがお書きになった「行為の主体者」に着眼した方が、論理は、はるかにすっきりするのではないかと思います。

「行為の主体者」は重要なものですが、これについては、今朝もすこし書いてみましたが、なかなか結論が出なくて、投稿はしませんでした。日を改めてまた投稿します。
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